科学的という言葉こそアヤシイ
心霊実験とか六星占術とかは確かにアヤシイかもしれないけれど、「科学的」という言葉だってじゅうぶんアヤシイぞ。
心霊現象や占いを扱うテレビ番組が、霊感商法やカルト宗教による被害を産むきっかけとなっているとして、弁護士の団体が、民放連やNHKなどに是正するよう求める要望書を提出しました。
〜中略〜
その上で、報道機関としてのテレビ局が番組の中で「科学的実証がされていない」と注意喚起するなど、節度のある番組づくりを進めてほしいと申し入れました。
科学的実験と称して、ねつ造データを公開したのは、どこのテレビ局でしたっけ?
科学的という冠を付ければ視聴者は安心するだろうという安易な考え方こそ危ないと思う。 でも、実際には「科学的」と言われると、つい信じてしまう風潮はあると思う。
新興宗教「科学教」だ。
例えば、オーラの泉の番組中、「オーラの存在は科学的に実証されていません。よい子の皆さんはオーラを盲信しないように注意しましょう」というようなテロップを流せば済む問題なのだろうか。
- 千の風になって
私のお墓の前で 泣かないでください
そこに私はいません 死んでなんかいません
千の風に
千の風になって
あの大きな空を
吹きわたっています
「亡くなった方々が千の風になっているかどうかは科学的に実証されていません。よい子の皆さんは千の風になびかないよう注意しましょう」などというくだらない注意書きを記せば済む話なのだろうか。
- ココロは目に見えないもの
人はパンのみにて生きるにあらず。
大切なものは、目に見えない。
見えないからこそ、魅惑があり、危険もある。
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