ブログとネガコメ

  • 自分を強く大きく見せるための他者否定

今日の熊日朝刊*1の28面にブログや掲示板などネットの匿名(ハンドル名)による書き込みについてのコラムが載っていたので、一部引用します。


私たちのこころには、相手のこころを思いやる動きと、自分のこころを守る動きが同居しています。自分のこころを守るときに、今の自分のこころが強い場合は、相手を思いやりながら、違う方法でイライラや不満を発散することができます。しかし、弱い場合は、「周囲の人から自分が認められたい」という思いが強くなり、「誰かと比べて自分を高いところに置きたい」「みんなを自分の考えに引き込みたい」というこころが働いて、相手をけなして自分のこころを満足させようとするのです。
ネットの書き込み - 河田将一さんの記事より

九州ルーテル学院大学准教授:河田将一さんの意見に同意します。
自分の弱さを隠して自分を強く大きく見せるために、他者を批判することは有ると思います。


批判と質問

  • 2つの前提


まず、前提として。

ある記事やある意見に対して、批判的なコメントや否定的な意見を述べることはOKである。ネガティブなタグなりコメントなり、思ったこと言いたいことなど書けばよろしい。

そして、もう一つ。

前提として、ネット上の遣り取りに於いて、質問に答える義務はありません。

根拠の乏しい言説で相手を非難する人(ネガコメ者)は、「誰かと比べて自分を高いところに置きたい」という心理が働いているのだと思います。「非難の理由までは説明しないが、とにかく他人を否定したい。自分は常に高い位置に居たい」と。
だから、ネガコメ者に対して「そのネガコメの根拠は何?」と質問すると、

  1. 質問そのものを攻撃だと解釈して反撃してくる(さらにネガコメを重ねてくる)
  2. 「お前は質問の仕方が悪い」と、質問者の礼儀・態度の問題にする(回答を回避するため)*2
  3. 質問に答えない理由を質問者のせい(例:「質問者は日本語が理解できない」等)にして回答しない(他人のせいにする)
  4. 「質問ばかりする可哀想な人」と、質問者の性格を「粘着質な人間」ということにしてしまう(回答しないで済むための自己正当化)*3
  5. 逆に、質問者に対して「なぜ質問したのか?」と尋ねる*4
  6. 「俺様に意見するとは100万年早いわ」と偉ぶる
  7. 質問を無視する、黙殺する

↑上のいずれかの反応が見られることになります。これらの反応は、ネガコメ者が自分の心を守りたいから生じる反応だと思います。

*1:熊日熊本日日新聞の略。

*2:質問者の礼儀・態度の問題:質問者の言葉遣いが明らかに悪い場合は、無理に回答する必要はないと思う。

*3:可哀想な人:質問者のことを「可哀想な人」とレッテル貼りして、見方によっては相手を憐れんでいるようにも見えるが、実は回答から逃げているのである。

*4:逆質問:より正確な回答をするために、相手に質問の意図を確認するのはアリなので、質問の理由を訊くことが常に「ネガコメ者の心を守るための行為」とは限らない。